山形の実家、土中環境

山形での新たな展望

5月の初め、山形の実家に行ってきました。今回はゴールデンウィークの里帰りという感じではなく、別の目的があって少し長めに。

昨年の夏に起こった、熱海の土石流の原因を考える動画より、NPO法人地球守の高田広臣さんや、大地の再生の矢野智徳さんを知り、動画やホームページ、書籍を読ませていただき。

とても興味が湧いたので、実際高田さんが手がけた千葉にある土地で醤油絞りのイベントが開催されていたので見に行かせていただきました。千葉ダーチャ(保養や、自給自足できるような環境作りをめざしている田舎の空間を指してロシアで生まれた言葉)と呼ばれ、手がけ出して8年というその土地は、自分にとっては本当に珍しい”嫌”がほとんどない感じで、心地よくさまざまな造作がなされていました。土中環境、大地の再生という言葉は、見えない土の中にこそ環境にとってとても大切な要素があり、古くから伝わってきた造作から学ぶような、自然の仕事に敬意を持った姿勢で取り組むことを言われているようです。

実際人がたくさんあつまり、みんなで場所がよくなる造作をすると気持ちいいし疲れないし楽しいというのも、大きな発見でした。

土中環境、大地の再生という視点が、自分の中にあったもやもやを晴らしてくれたように思います。

さまざまな分野でわけてしまって観えづらくなっていたものが、より大きな視点から見る事でより繋がりを感じ、俯瞰して観ることができるのではないでしょうか。

私たち人間は、たくさんの苦難の末、体を、自然を計測し、コントロールし、制御しようと試み、それは一見功をなしているように見えます。

医療で言えば、以前は命を落としていたような感染症などの疾患や怪我でも、助かるようなありがたい時代になりました。

ただ依然として慢性的な疾患や、原因のよくわかっていない病気は多く。不定愁訴、心の不調が目立ってきています。

自分が20年弱人の体と向き合ってきて、言える確かなことの一つ。

良いものが取り入れられ、それが体の中を巡リ、いらなくなったものが適切に排泄できていれば大抵の不調はなくなるということ。シンプルですがとても大切です。当たり前だけれど自分も含め、できていない人が多い。

本来流れるはずのものが足りない、もしくはどこかで詰まってしまっていて、巡れなくなってしまっている、排泄が何らかの原因で滞ってしまうと、症状や病気という形で現れてくる。

それはレントゲンやMRIなどではうつらず、人の感覚を通してしか察知することができない。何となく違和感がある、停滞している、しなやかでない、熱すぎる、冷たすぎる、ざらざらしている、など。与えられた感覚をフル動員して人の体をみるとそれぞれの組織が言葉ではない声で教えてくれる。

土地、環境という目線でも一緒。本来土地が元気で、水と風が滞りなく流れていると多様な生命が育まれ。1000年かけて美しい風土を形成する(もともと風水師は地形と風水の動きを観て感じて、人に役立てる仕事であったそう)。それを良かれと思って商業的に都合の良い場所や見える場所を綺麗に整備し、コンクリートで固めてしまう結果、本来そこに流れていた空気や水の流れが分断され、それまで気持ちよかった場所が、一見綺麗で衛生的なのだけれど、長い目で見てみると、その周りの環境が崩壊していったり。なぜか閉塞感や乾きを感じる不快な場所になってしまう。

本来たくさんあった目に見えない微生物などの多様な繋がりが絶たれ、いきものが生きづらくなり、限られた生き物しか生きられない面白みのない場所になってしまう。

人も小さな自然という意味で同じではないでしょうか。外界からなるべく隔絶された家をつくり、殺菌消毒され、核家族と言われるような構成で限られた人数で暮らし、わかりやすいレールが敷かれ、これが幸せ、これが正解という価値観を植え付けられ、勝ち組、負け組などという言葉が生まれるくらいに、多様な生き方が失われてしまった。多様性という言葉を用いた新たな社会構造まで作り出そうとするくらいに。

これだけたくさんの情報が開かれ、一般の人も手に入れることができるようになった今でも、土地に対する姿勢、人の体に対する姿勢は依然として変わっていないように見えます。病院は未だ、症状を押し込める薬の処方や病巣を取り除くことに止まり。たまりに溜まったものは他の形をもって病気や身心の不調を起こす。そしてその不調を抑え込む薬が新たに与えられる。

環境も一部の専門家が良しとしてしまえば、本来呼吸していた場所が危険だから、必要だからと埋め立てられ、のちに土砂崩れや崖崩れ、土石流(大地がまた呼吸をするために起こす治癒の動き)、洪水などの被害が酷くなってしまっても、新たにコンクリートで補強したり水の導線を人が認知できるデータを元に強制的に変えたりする。

そうしてさらに病気、災害の規模は大きくなるが、その責任は誰も取ってはくれない。

このままじゃいけない、きっと多くの人は何となくそう思っている。

特にウィルスや戦争などを通して時代の転換を皆が感じ出した昨今。たくさんの情報を見聞きするようになりこれまで通りの生き方では難しいのではと思いながらも、様々なよくないしがらみによって、身動きが取れなくなってしまっている社会構造を目の当たりにし、どうしようもなく時代に流され続けているのをみている方もいるだろうと思います。

そんな中、その状態に違和感、危機感を覚え、地道に草の根のような活動で、古来から伝わる大地との向き合い方を元に、土地の環境改善をしてきた人たちがいた。

それは自分にとってとても大切な出会いでした。

大きな繋がりの中で、同じ方向を目指している人達だと思いました。

人も自然も、境目などはなく。繋がりあっている。清浄も汚濁も、敵も味方もあり、四苦八苦する中においても、良いものが与えられ、流れるべきものが滞りなく流れ。心身を元気に育み、いらないものは排泄され、また何者かの栄養になり、生かし生かされる、巡る気持ちの良い世界。

人の力はとても大きいです。今逆方向に働いているその力。

多くの生命にとって本当に役立つ方向に、当たり前のことが当たり前になされる方向に働いた時。この星は輝くと思います。

日本だけだって、数千万人が一人3本ずつでも木を植えたら億本の杜となり、自然がまた豊かになるに伴って水が力を持ち、樹木草花、虫や獣も元気になり、人の体も心も健康になり、さらに良い命が生まれる土壌ができてくる。

人の力は増し、自然に対する謙虚さも育まれた上で、その知力を使うことができれば、難しい病も治るような医療もきっと産まれる。

それにはまず気持ちいいってどういうことか、どんな場所か。気持ちいいを受け取る器と、場所を育てないといけない。けれどなかなかに器である人の心身ももつれ、育まれる場所も無くなってきてしまっている、公園は怪我をしないよう、決められた事をして遊ぶように整備されているし。あっても山奥であったり、社寺であったり。人が集まってしまって荒れてしまったり、気軽に触れる機会がありません。

どうしたらいいかわかりませんし、自分一人の力なんて限られている。けれど、足がかりとして、自分が関われる故郷の山形にある亡き父が残した土地の環境に手をつけることに決めました。

ショック

昨年の末頃から楽しみに少しずつ計画を練っていました。

実家から15分ほど東へ、休場(やすんば)という地に、その土地があります。杢蔵山(もくぞうさん)亀割山の谷筋の麓で、新田川のすぐ側にあり、以前は蛍がたくさん出るような心地よい素敵な場所だったのですが。田んぼであったところに砂利を敷き詰めて、小屋を建てたせいなのか、父が亡くなって17年後の今では、葛などの蔦植物が増え、乾いて土地が硬くなってしまっていました。

休場の土地は砂防ダムが複数あるすぐ下流であり、その影響だけでも荒れていておかしくないけれど、とても恵まれているのが、岩盤の層が多いことで、そのためか水が磨かれて川がとても清らかな色をしている。ここが元気になったらきっとたくさんの人や生き物が救われるだろうし、癒されるだろう。

最近では小屋の横と、下流で河岸の崩落があり、市がコンクリートで補強してくれたそうですが、土中環境の視点からみると、良くないことを重ねてしまっているのではないかと、心配しつつ。

自分の仕事の場所としても可能性があったので、5ヶ月の間、さまざまな構想を考え胸を膨らませて見にいったのですが、すぐにその期待は折られることになりました。

母から対岸の杉が切られたとは聞いていたけれど、まさかここまでとは。

昨年の暮れに大きな土建会社が入ったそうで広範囲の杉林の皆伐と土砂搬入がなされていました。

川岸の岩盤の層に張り付くように生えていた広葉樹だけが残されている、けれど、もうところどころ乾燥しており、水分を保持する土中細菌の菌糸も無くなっていくだろう。土砂の崩落はもう端々に見えてきていました。

乾燥し、命の気配がなくなっていき、菌糸などによる支えを無くした根は表面張力を失い、木の重さを支えることができず、倒れるでしょう。

数十年かけて育っていた林が切られた後を、憤りの気持ちで歩きました。伐採中に出たであろうゴミが捨てられているのも見ました。

自分が生まれる前から生きていた命を刈る、そこに敬意の感情はあったのだろうか。

もう一つショックだったのが、父が敷いた砂利が想定よりもだいぶ多い、ダンプ車で70台分であったこと。田んぼであった土地とのことだったので、全て埋め立てたのだろうと思います。

土地は全体的に固まり、樹木の生えない硬い場所になってしまっていました。

父はきっと、気持ちの良い場所を見つけた。ここで小屋を建て、池を作ったり魚を放したりして、皆で楽しみたかったのだろうと思います。けれど、自身はそれを見届けることなく、病気になり若くして他界してしまった。

父は前向きな気持ち、自身の夢を形にしたい思いから行ったのだろう。伐採の業者の人達も、家族を支えるため、仕事だからと、知らずに作業したのだろう。

けれど、その気持ちいい場所がなぜ気持ちよかったのか、蛍がたくさん生きられるような恵まれた環境だったのか思い至らなかった。

家族が飲む水が、食べる食べ物が育つための水がどこからくるのか思い至らなかった。

川のこちら側の方も大きく皆伐が入っていました。こちらの方は業者が違うのか、植樹がされています。ただ、歩いて見てみると、表土が雨風に流されむき出しになっているところが多く、その表面の土は保水する力がなく、さらさらと砂のようになっており、命を育む力は乏しいようでした。

本当にこの苗木達は育つことができるのだろうか。

こればかりで、水に影響などあるか。奥山にはまだ木が多くあるじゃないか、そう言われるかもしれない。

けれど、父が行ったことで土地の雰囲気が変わったことと、対岸の土地が売却されたことは無関係ではないかもしれない。短絡的に動いてしまうこと、諦めの気持ちや、深く考えることなく土地を売り手放し、それを良しとしてしまう空気感。これは、ここだけの問題ではなく、日本全体を覆っているのではないでしょうか。

広範囲でそういったことが起こった結果として、山形においても最近では叔父の話だと雨後の最上川が赤く染まるくらいになってしまっている。それは海へも影響を与え、いずれ私たちに返って来るでしょう。

実は、皆伐を行う形の林業が父の仕事でした。曽祖父は木挽という製材を行う仕事であったそう。そんな元に生まれた自分はなぜか人の体、健康や幸せに生きるということに興味を持ち、ここに至った。そこにはなにか意味があるのだろうか。わからないけれど、無力感と、思い描いていたことがポッキリと折れたショックで呆然としてしまいました。

夫婦かつら

家族は仏頂面の自分を気遣ってくれます。面白くなさそうな、辛そうな人のそばにいることなどしんどいだろうに。

姉の提案で、庭月観音という天台宗の寺院へ行くことに。何度か訪れたことがあり、個人的にとても助けられている、見守られているという気持ちに強く繋げてくれる場所であったので、ありがたく連れて行ってもらいました。

なんとなく、こんな内容のことを言われそうだな、という内容のおみくじをひく。

家族に励まされ、御神籤に励まされ。気持ちを切り替えることにしました。とりあえず元気を出したいと、周辺で行けそうな巨木に会いに行くことに。

母と、妹と、姪っ子甥っ子と。

特に萩野の夫婦カツラの間に立った時、励まされるような、目頭が熱くなるような、なんとも言えない気持ちになり、頑張ろうと元気が出ました。

何十年、何百年後になるかわからないけれど、こんな豊かな木々や草花が育まれるような土地を作る手伝いができたらいいな。

あの砂防ダムの下の土地は、すこしでも命をつなぎとめる造作をしたい気持ちは今でもあるけれど、あれだけ大きなことが起こり、企業は作業を進め続けている。危険もあるかもしれないし、しばらく様子を見ることに。

実はもう一箇所、父の遺した土地がありました。

そこはいずれ高圧線の鉄塔が立つかもしれないという話を聞いており、魅力的に思えず選択肢になかったのです。

升形という地

水が行き場を失っていろんなところから染み出している。葦が多く、葛の蔦がたくさん見える。

母の話では、昔は大きな池と井戸があり、危ないからと両方とも埋めてしまったとのことでした。

段状になった小山のほとりの土地、両隣には杉の林。小山の上の方は雑木の若い林があったが手入れはされておらず笹の藪になっている。

植生

?は少しずつ特定。

ワラビ

タラノメ

カキドオシ

野薔薇

クヌギかクリ

父と母が植えたもの

ブナ

山桑

ナナカマド

ミズキ

前の住民が植えていたもの

栃の木

紅葉

山桜

クリ

イロハモミジ

こうしてみるとなかなか豊か。もっと見落としがあるだろうし、小山の上のほうは笹藪がありまだまだみることができていないです。植物の多様性が豊かになっていくことは土中環境が良くなってきているかどうかの指標になるので、これからも観察していきます。

どんぐりポットの移植

今自分が住んでいる栃木の公園などで集めたどんぐりを拾って、炭と燻炭と土と落ち葉を混ぜたポットに植えたら、しっかり芽が出て、育ってくれそうだったので、持ち込んで、とりあえずまだ植える場所も見定めることはできていないけれど、良さそうなところに植えてきました。

とりあえず仮植え。気に入ってくれるといいのだけど。

升形土地の土中環境に手をいれる

とりあえず時間もないし、まだまだわからない事だらけだけれど土中環境改善と思えるようなことをしていきたい。もし詳しい方でこれを見てなにかありましたら、アドバイスいただけると嬉しいです。

至る所に葛の蔦があり、歩いて進むのが難しかったり、他の植物の生育を阻んでいるようだったので、良いのかわからないままに結構切りました。

段丘の下部分に溝と穴掘り。

スギナを御免と踏みながら、本当は踏む場所に炭を撒きながら行いたかったけど、ちょうど良いものがなかったのでなしで。

溝を掘るとすぐにそこに水が染み出してくるくらい水が豊富。枝葉を入れて組み込みたかったけど、それをする間もないくらいに水が染み出してくる。昔の人が作ったであろう溝、小池みたいなところもあり、今は流れの少ない小川部分?に繋がっている様子。

下の方、水が出て行く場所が気になったので、行ってみると道路側でコンクリートのU字溝になっており、ヘドロが15センチほど蓄積している。とりあえず正しいのかどうかわからないけれど、ヘドロをスコップでかきあげて脇の土の上に被せる。スギナよ御免(枯れていない青い草は土に還りづらいようなので、本当は刈って寄せてからとか、菌がつきやすいよう籾殻でも撒いた上においたほうがよかったかもしれない)。

泥を上げていると、カエルの卵や、オニヤンマクラスのでかいヤゴなどが出てくる。なんとか目についたものだけバケツによけながら、泥を上げていく。

朝疲れているような感じだったからできるかなと、ちょっと不安だったけれど、体を動かして泥だらけになり汗をかいて、ヘドロやちょっと気味の悪い藻のようなものが外に出て、たくさんの生き物と触れ合って、水の流れが増す様子を見たりしているとどんどん自分自身が元気になっていく。

何気にすごくありがたいことを体感させてもらっているのかもしれない。

すると道路の方から男性の声が聞こえ、振り返ると何をしているのか尋ねられる。

親世代くらいの年齢の男性だ。

土地の手入れをしたくて行っているのだとお話しさせていただくと、なんでも関の下流の方で田んぼをしており、その水源がこの土地なのだそうで、本当は自身もしなくてはいけないくらいなんだけどなかなかね、と喜んでおられたようでした。

他にも自分と同年代くらいの人達がそばで田畑を営んでいたりして。高圧線、鉄塔が来るかもしれないという懸念があって魅力を感じていなかったけれど、こうして暮らしている人達と触れ合うと、ここを元気にすることは無駄ではないと思えます。

元気な土地になれば、負荷がかかっても耐えられるかもしれない。

建物を建てたり、池や井戸を掘ったり、仕事ができるようにしたりと、大きく手入れをするにはまだ二の足を踏むところがあるけれども。

子供達が安心して裸足で駆け回れるような気持ちのよい居場所にしようと思います。

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山形の実家、土中環境” に対して2件のコメントがあります。

  1. ともよ より:

    その土地をご自身で感じて、土地や水や植物や微生物に敬意を払っておられて、とても心地よさを感じました。隣の県なので、タイミングが合えばお手伝いさせていただけたら嬉しいです。自然との共同作業をどうか楽しんでください。

    1. HIDE より:

      ともよさんコメントありがとうございます。ワードプレスいまだに慣れておらず。確認遅れてしまいましたー^^;
      インスタ素敵だなあと見せていただいております。楽しむこと、それがきっと土地に伝わっていく、大事ですよね。一人でちょっとこころもとないなと思うことあったけれど、自然と一緒にいられているんだなあ。共同仕事楽しんでいきたいと思います(^^)

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